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禁酒誓約の顛末
 
〜 札幌農学校/クラーク博士と学生の禁酒誓約 〜


PLEDGE

    The undersigned officers and students of the Sapporo Agricultural College, hereby solemnly promise to abstain entirely from the use, in any form, except as medicines, of opium, tobacco, alcholic liquors and also from gambling and profane swearing, so long as we are connected with the institution.

Nov. 29th, 1876.      

      William S. Clark.
      William Wheeler.
      D. P. Penhallow.


 下に名を記するところの札幌農学校の教官並びに学生は、今日以後、薬用としての外、如何なる形式に於ても絶対にアヘン、タバコ、酒を用いず。ばくち及び神を汚す誓言を為さざることを厳粛に誓う。

1876年11月29日      

      ウリアム・S・クラーク
      ウイリアム・ホイーラー
      デー・P・ペンハロウ
 
  (以下伊藤一隆ら学生署名)



クラーク先生を偲ぶ
 
伊藤一隆
 
(「禁酒誓約の顛末」として「日本禁酒運動の八十年」に紹介されているものを転載)
 
伊藤一隆

 クラーク先生から受けた御教訓のうち、私が一生涯を通じて最も有難く思いますことは禁酒であります。
 
 私は酒を用いなかったために、今日もなおこのような健康を保持しています。私ばかりでなく、主人たる私が酒を用いないために受けた一家の幸福は、決して鮮少ではありません。これは全くクラーク先生の賜物です。
 
 先生は日本に渡来せらるると早々、日本学生の飲酒の弊害を看破されたのです。先生は性来の禁酒家ではなく、札幌は飲用水が甚だよくないことを聞いて、随分上等の葡萄酒を沢山携帯されたのです。しかし学生に禁酒をすすめるには、まず自分から禁酒するの適当なるを信じ、携帯の葡萄酒を、小使をして破壊し、これを溝に投ぜしめた。そして同伴して来た二名の助教授にも同意を求め、同じく葡萄酒を放棄せしめられたのです。そして一片の禁酒誓約書に自分が署名し、さらに助教授の署名を求め、これを吾々学生の前に提示して、言われた

「アメリカの学生中には、飲酒のために一身を誤る者が、かなりに多い。日本の学生諸君中にもそういう者がないとは言えない。諸君は、今日では、まだ飲酒の楽しみを解していないのだから、この悪風に染まらなければ禁酒は決して困難なことでない。後日禁を破るようなことがあるかもしれぬと、心配な方には強いて望まないが、もし一生禁酒する決心の人はこの誓約書に署名してくれ。よく熟慮した上に署名されたい。」
 就任披露演説において「本校の学生諸君は紳士である。紳士とは自分のことは自分で始末する謂である。自分で自分を制するものに規則は不要である」と、一切の規則の廃棄を宣言して吾々学生の心を掴んでしまった先生の申されることであるから、一同即座に署名したのです。もし就任の演説にあるような言葉がなかったら、当時の吾々は、たとえ先生の言葉に道理があっても、禁酒の誓約書に恐らくは署名しなかったであろうと思います。先生のお蔭で、私は一生涯酒杯を手にすることなくして安全な世渡りが出来ました。
 
 《青年よ須らく志を大にせよ》
 
 先生は八ヵ月の任期を了えて、帰国の途につかれた。当時吾々はシマップ(島松)まで、馬を並べて見送ったのですが、その時、先生は別れに臨み、馬のくつわをとって吾々に対し Boys Be Ambitious! と叫ばれた、「青年よ、須らく志を大にせよ」この留別の一語は、凛として耳底に遺っています。
 
 鳴呼偉なるかな先生、私は今に於てなお恩師を憶うの情まことに切である。

【出典】小塩完次著「日本禁酒運動の八十年」(1970年、日本禁酒同盟発行)

 

  

財団法人 日本禁酒同盟
Japan Temperance Union